君の街まで アジアンカンフージェネレーション

君の街まで飛べたらいいのにな。
僕も生きていると、誰かを想い、誰かに愛されているなと。思う。そんなときに聞く一曲。
隣にいる冴えないという歌詞に、上手くいかない、自分の人生を振り返る。
誰もがみな、自分を上手くいってないと思っているのだと思う。アジアンカンフージェネレーションの後藤さんでさえ、そう思うと私なんか上手くいかなくても、当然だなと思う。
特別な才能も、努力もしてない私が何を高望みして、何を思って、そんなことを考えているのか私自身理解出来なかった。

君の街まで

君の街まで

  • ASIAN KUNG-FU GENERATION
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes


君の街までの歌詞

夕闇の先 光る銀の月
鏡みたいに写る僕らの心細さも全部抱えて
君の街まで飛ぶための歌

揺らいでいる頼りない君もいつかは
僕らを救う明日の羽になるかな

いいですよね。この歌詞。
アジアンカンフージェネレーションは、やっぱり、揺れるという言葉が多用されている気がしますね。気のせいですかね。後藤さんのキラーワードなんですかね、何の変哲のない普通の日常会話のような言葉なんですけれど、深く感じますね。
夕闇の先って、なんだか、深い夜で開けない夜はないってことを暗示しているみたいで、そんな中でも光る銀の月って、渋いですね。
自分の目が曇って金色のものが銀色に見えているのか、それとも、月でさえも暗い世界に今自分が生きているのか。そのどちらなのかここではまだわからないですけれど、どちらにせよ、人生順調とはいいがたいですよね。
鏡みたいに写る僕らの心細さも全部抱えてとか、鏡のように、自分の姿が月の光で写っているのなら、その姿は受け止めることができないくらい凄惨な状況ですよね。
心細さや不安は誰もが持っているけれど、その中で生きていかないといけない、強さやつらさが、私自身の感じる思いですね。

君の街まで飛ぶための歌というのは、ここでは死後の世界のような気さえしますが多分違う気がします。なんだか紛らわしいですね、君とは鏡に映る自分自身のことだと思います。
だから、自分の居場所を肯定するための歌なきがします。自分という不安定な存在を肯定するための歌なきがします。
最後、サビに行く前に、自分自身が、僕らを救うというのは、今の自分と過去の自分を、救いかつ、未来の自分を救う羽という、時空を超える象徴のようなものに例えていると思います。